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6.廃墟を越えて…


6.廃墟を越えて…

 「よいしょっ」
 2回の時間移動体験ですでに感覚をつかんだクロノは、軽やかにゲートから出たというのに。
 「きゃっ!」
 「わ、危ないわよ、クロノっ!」
 相変わらずルッカとマールの2人は不慣れなようで、雪崩のようにクロノにのしかかる。少女とは言え、2人分の体重をまともに受け、クロノは地に突っ伏しながら低くうめいた。
 「……早くどいてやれよな……」
 溜息交じりで輝が諭すと、ルッカは、えっ、と、小さく叫んで、マールは、あ、ごめんっ、と、謝りながら、それぞれ急いでクロノの上から下りた。やれやれ、と、クロノが起きあがる。
 一段落つき、4人は辺りを見渡した。
 小さな部屋だった。
 床は鋼鉄製にみえる。天井や床では用途のよくわからないパイプがあちこちで繋がったり分かれたりしている。明かりはついておらず、薄暗い。そして、いっとう暗い奥の奥に、意味ありげな竜の彫刻を模した紋章のある扉。薄暗い中で、それだけが、何の光を反射しているかわからないが、ぼんやりと光っていた。
 「かなり文明が発達している場所みたいね。時代もかもだけど今回は国も違うのかしら?」
 かの扉を撫でながらのルッカの言葉には、僅かながら悔しさが含まれていた。自分がこういうものを現代に生まれさせたいのに、という事だろう。マールが扉に近付く。
 「さすがにここまでは大臣も追ってこられないみたいね。この奥には何があるのかな。開けてみよっと。……あれ? れれれ???」
 本来ならある筈の取っ手やノブが、その扉にはなかった。なら引き戸なのかと右に左に力を加えるが、それでも依然として開いてはくれない。まさかと思い、彫刻に手をかけて引っ張り上げてみた。それも不正解であった。
 「あ―ん、開かないよう……」
 疲れてマールが座り込んでしまう。
 「しょうがない。外に、出てみるか」
 クロノが、彫刻の扉とは逆側にある、外へと続く重い扉を押し開けた。

 4人がゲートから出てきた所は、ボンゴドームと呼ばれているようだ。どうも、ドームの一つ一つが、自分たちの時代で言う、街に当たるらしい。ボンゴドームから東、暴走した機械の巣食う16号廃墟を越えた先に、アリスドームというひときわ大きなドームがあるということを聞いた4人は、そこに行ってみる事にした。ここらで一番大きなドームなのだったら、そこに現代へと続くゲートがあるかもしれない。そうでないとしても、ゲートの場所を特定できるような、なにか情報があるかもしれないと考えたのだった。非常時で仕方がなかったとはいえ、クロノたちは時間旅行をしたかったわけではない。
「城の連中から逃げられたしそれで今回はじゅうぶん。現代に帰られるゲートがこの時代にあるんならもう完璧」
これは輝の言だが、それはそこにいる4人の共通認識でもあった。
 が。軽い気持ちで足を踏み入れた16号廃墟は、ただの通過地点というには思いのほか難儀な場所だった。
 「わぁあーっ! まぁた盗まれたぁ―っ!! もうっ、このっ……このっ!!」
 「落ち着いてって、ルッカ! 単なるポーションじゃないか、そこまで怒ることはないだろう」
 逆上して銃を振り回すルッカを、必死にクロノがなだめる。16号廃墟で所構わず走りまわっている機械ねずみはたちが悪い。人にぶつかってはポーションを掠め取って行く。つまり、堂々とスリをやってのけるのだった。そして、極めつけは走り去るときに、いったん立ち止まってじゅっとなき、それからおもむろに逃げていくこと。度重なる窃盗にごうを煮やしたルッカを、さらに逆撫でしたことは、ほぼ間違いがない。
 「許せない、許せない、もう、腹が立つ―っ! 人様バカにしてるんじゃないの、あのドブネズミ! 一体どうしてここの人はあんなヤツらをのさぼらせているのかしらっ」
 「うーん、それはわからないけど、でも、怒っても仕方がないよ」
 「何よ、クロノは腹が立たないわけ?! あーもう、アリスドームとやらに着いたらそこの人達に思いっきり文句言ってやるんだから!」
 「……もう―…」
 クロノが呆れたように呟いたときである。もともと暗い所ながら、さらに黒々とした、大きな影が落ちてきた。ほぼ反射的に4人が避ける。どこから出て来たのか知らないが、現れたのは真っ赤な体の、余裕で3mはありそうな、気味の悪い大ダコだった。しかも気味の悪い事には、そいつが水の外にいながらも、きちんと8本の太い足で、地面の上に立っている事である。
 「うわ、カッコ悪い……」
 いちど息をついてから、マールが顔を顰めた。
 「でもさ」クロノが刀を引き抜きながら頭を捻る。「タコって水の外でも生きられたっけな?」
 「そーゆうふうに実際では考えられない事をやってのけるのはモンスターだけよね。ってことは、倒していいのかな?」
 さっきまでの機嫌の悪さはどこへやら、ルッカが銃を構えてにやりとする。
 「…一応、この16号廃墟にいるヤツの中ではこいつ、ミュータントが一番手ごわかったはずだが。倒さない事には通してくれそうにもねぇよな」
 「うん、倒しちゃえ!」
 楽しそうに言ったのは、ボウガンを持つマールだった。

 目指すアリスドームは16号廃墟を抜け、崩れかけた道の先にあった。中に入ると、そこでは、一様に驚いた顔で迎え入れられた。聞けば、ドームの外から人が来ることはほとんどないのだという。
 「あの、今、何年かご存知ですか?」
 マールが訊ねる。だが、返ってきた答えは、わからない、という事だった。暦という概念がないようだった。
 「あ、しかし待てよ、おまえさん達」アリスドームで一番年配の、ドンというらしきご老人が、待ったをかける。「ここの地下にあるらしい記憶装置というものにいろんな記憶が記録されていると聞いたことがある。お前さん達の知りたいことも、もしかすれば」
 「記憶装置? コンピュータみたいなものなんですか、それ?」
 今度はルッカが聞く。
 「いや、何かはよく知らぬ。ただ、わしの祖父が、そのようなことをいっておったような。だが地下は暴走した機械であふれ返っておってな、その装置を確かめるどころか、地下にあるはずの食料さえもろくに取りにいけておらんのじゃ。これまで何人も食料を取りに下へ降りて行ったんじゃが……誰も戻ってこなんだ」  「食べ物が、地下にあって、取りに行けない……。それで皆さん元気がないんだ。きちんとたべてなきゃあ栄養取れないもんねぇ」
 「ついでだし、食料の方も見てきてもいいわね」
 「あ、そう言う手も有るね」
 「じゃあ、記憶装置と、食料を目指して」
 早速ルッカとマールが地下へと続くはしごを降りようとしたとき、ドンが呼びとめた。
 「じゃから、地下は危ないと。子供だけで降りるなど、死の淵に飛びこむと同じじゃぞ!」
 「何もしねぇでしり込みしてるやつに言われたくはねぇ」
 そのドンに、輝がひとこと、言い放った。
 静寂の中を、地下へ降りてゆく4つの足音だけが響いていた。

 「……ね、クロノ。この、低く唸る音ってなんだろ?」
 地下に続くはしご段を下り、細い金属製の通路を通った後の小部屋で、マールが耳を澄ませた。それを聞いて、他の3人も耳をそばだてる。
 「……確かに、何か聞こえるわね。震えるような、低い……。あれ? 何か、高いサイレンのような音に変わった……。しかも近付いてくるみたい。……なんか聞こえる。警報装置?? 食料庫保全制御そう……」
 「くるぞ!」
 悠長に実況アナウンスをしていたルッカに、輝が鋭く叫んだ。その数秒ご、天井からガコンと大きな音を立てて、大きな機械が落ちてきた。
 『シンニュウシャ発見……タダチニハイジョセヨ』
 「排除って、……えっ?!」
 慌ててマールが臨戦体制を取った。
 「なんとまあ、ごたいそうな警備ロボットだこと」
 ルッカが溜息をつく。
 「どーでもいいが、今雷を落としたら、他のコンピュータが全滅するよなぁ。火で焼き尽くすか?」
 「それはそれで俺達が危ないような気が」
 「ともかく、倒そうよ―……」
 マールが苦笑したのが、戦闘開始の合図だった。

 とりあえず警備ロボットを倒した4人は、その奥にあった扉を開けた。途端に鼻がひん曲がりそうな匂いが4人を襲った。慌てて、クロノが元通りに扉を閉める。
 扉の外で、しばらく沈黙が流れた。
 クロノが小声で口に言葉を上らせる。
 「……中の食べ物って……やっぱりもうダメ……、なのかな……」
 「だったら」マールが複雑な表情で、やはり小さくす。「ここに入る必要、もうなさそうだよねぇ……」
  「次なる目的のものを探して引き返さない? ほら、始めの方に分岐があったでしょ。あそこもう一つの方行ってみれば記憶装置とやらがあるかもしれないものねぇー……」
 もう二度とこの扉をあけるものかといわんばかりのやり取りに、輝がさらっと言い放つ。
 「どーでもいいが、奥に人がいたようだぜ」
 「……」
 3人が顔をつき合わせた。中に入りたくはない。だが、人がいるというのならば、はいらないわけにはいかない。
 しばらくの沈黙の後、再びクロノが取っ手に手をかけた。それから、おもむろに扉を開ける。再攻撃をしかけてきた見えない敵に鼻をつまむなどして応対しながら、4人は奥へ奥へと進んだ。結構広い。それはそうだろう。かつてはこの大陸の中心的食料庫だったのだろうから。
 「ねぇ……人って、あそこにうずくまってる……あの影の事……?」
 マールが指差す先には、茶色の襤褸切れのような布を纏った、だれかがいる。まず、声を掛けてみた。反応はない。叫んでみた。やはり何も言わない、動かない。そこで近寄ってみると、もうすでに死んでいる事に気がついた。安堵とも、悲哀ともつかぬ息が漏れる。
 「何か、握ってる……」
 ルッカが気づき、固く握られた手から一つの袋を引っ張り出してきた。中にはなにか小さいものが一掴みばかり、入っているようだ。他には何も見当たらない。
 「これしかないみたいね。……しょーがない、これだけでも持って上がりましょうか」
 「記憶装置とやらを見つけてから、な。……ま、ともかく、この部屋からでねぇか? この匂いで食べ物ばかりか俺達まで全滅されかねねぇぜ……」
 その輝の提案には、他の3人全員が即刻賛成したのだった。

 もう一つの通路の中は、ドンが言っていた通り、やたらに攻撃をしかけてくるロボットばかりだった。しかし、そんなに苦戦を強いられる事はなかった。見つからなければいいのである。戦闘を最小限に抑えられる生物外の敵は、戦いやすいといえば戦いやすかった。
 そして、最深部らしき部屋。
 「残念ながら、ゲ−トはないみたい」
 マールが言う。しかしなにか、大きな機械がそこにはあった。記憶装置があるらしいという情報は正しかったようだ。すでにルッカがかじりついてあれこれ調べだしている。
 「臭くないだけ、さっきの食料庫より抜群に良いぜ、まったくよ」
 部屋の真ん中で手を腰にあてがいつつ、輝は言った。ついでに先ほど見つけた小袋を放り投げる。中を確かめたところ、それはなにかの種子だった。それ以上はわからない。
 「それにしても、ここはもともと何だったんだろう?」
 ルッカがその記憶装置をあちこち触っている間、他の3人は話を交わしていた。この時代がいつなのか、ゲートはどこなのか。それがわかるのも時間の問題のようだ。  「おまたせっ」ルッカがにこやかに微笑みつつ、こちらを振り向いた。「空間の歪みをサーチして、ゲートのありかを着きとめたわ。……ここからさらに東の、プロメテドーム、だって」
 ルッカがボタンをカチッと押すと、大きな液晶画面にプロメテドームまでのおおざっぱな道筋が映し出された。
 「すっごーい、ルッカ! じゃあさ、ここを押したら何がわかるの?」
 マールが身を乗り出し、別のスイッチを押した。と、今までプロメテドームの場所が映し出されていた液晶画面が切り替わった。
 「A.D.1999年、『ラヴォスの日』記録……?」  ルッカが画面の左下に出たテロップを読む。  まず、緑の大地が、そこには映し出されていた。ところどころにはドームが映っている。どうもここアリスドーム近くの映像のようだ。しかし風景がどうもいま見てきたものとは違う。ここに映るのはとても平和な……とクロノがいぶかしんでいると、急に映像が乱れた。空が黒く、赤く染まり、いく筋ものエネルギー弾が降り注ぎ、大地が割れ、そこから何か、巨大なものが……。
 そこで画面は消えてしまった。これ以降は何も記録されていない。わざわざスイッチを作るほどのその価値が分かったような気がした。平和そのものであった世界を、一瞬で破壊した出来事が、A.D.1999年におこったのだ。
 そして、マール達の生きる現代は、千年債のさなか、A.D.1000年。つまり、この世界は。
 「……ここって、私達の、未来、ってことなの……?」
 ルッカが脱力したように言う。
 「ひどい、こんなのってないよ! これが、私達の未来だなんてっ!」
 「まさか、ガルディアの未来が崩壊してるなんてな……。考えたくもない。何か、出来ないのかな……」
 そうクロノが呟いたとき。
 「……変えちゃえば良いんじゃないかな」 マールがはっとしたように言う。「ほら、中世で、クロノが私を助けてくれたみたいに。この、『未来』より前の世界で、この世界をぶっ潰した張本人を倒しちゃえば、こんな未来にはならないはず!」
 「そっか、その手があったわ! よっし、燃えてきたわよ―っ! 変えちゃえば良いのよね! でも、そのためにはこの時代より前の……中世か、現代に戻らないと。って事は、これから行くべきところは」
 「プロメテドーム」
 ルッカ以外の人々の声が重なった。

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