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5.王国裁判


 5.王国裁判

……
 「誰だ、お前は!」……
 「王女様を連れだし、何をしようとしたッ!」……
 「分かったぞ! …こいつは王家転覆を図ったテロリストじゃッ!」……
 いくつもいくつも、後を絶たず、頭にセリフが浮かんで来る……。……これって……?
 「まずヒコクの人間性を確かめておく必要が」……
 「判決が出た」……
 小さな、初老の男性と、いかめしい顔つきの、裁判長の顔までも浮かんできている。
 「無罪とする! ……しかし、だ。誘拐の意思がなかったにせよ、しばらく王女を連れ出したのは事実。よって、反省を促すため、3日間の独房入りを命ず」……
 そういや、何故だか、俺、ここの城の人に疑われて、強引に裁判にかけられて……それで。この、牢屋の入り口らしきところに来て。そしたら大臣が。
 「こいつは王家転覆を図ったテロリストだ。処刑は3日後、それまで逃がさぬよう見張っておれよ」
 そうだ、何故だ、と思った瞬間に、鈍い衝撃を後頭部に感じて。それで、それで……!

 「……なんでだか、まったくもって分からないうちに、ココに放りこまれたんだっけ」
 どこを見ても、あるのはコンクリートと石、それから鉄の世界。窓はない、あるのは冷たい床と、黒い光沢を放つ鉄製のベッド。そして、喉が渇いたときに飲むためだろう、水差し。
 「一体どうなってるんだろ? 大臣の握っている実権が強すぎる。判決を捻じ曲げてしまうほど……。もしかして、他にも、大臣が為に有罪になった人がいるってことも……。裁判って、大臣って、こんなかんじだったっけ? あー、中世でヤクラを倒したときみたいに、がらっとなんか変わればなぁ」
 ふぅ、と、溜息をつくと、太さ3cmほどの鉄格子の向こうから、うるさいぞ、と、怒鳴られた。クロノは慌てて口をつぐんだ。
 ……と。
 「……ッ、誰だ! 貴さ……」
 先ほど怒鳴ってきた兵士の声が響いた後、なにか重い金属が床にぶち当たる音が続いた。さらに、何かがごろんごろんと重たげに床を転がる。
 どうしたんだ、と、クロノがもっと良く外の様子をうかがおうとしたとき、鉄格子に光の線が幾筋も走り、いくつかの切れ端となって床に落ちた。それから、鞘に剣をしまう、刃擦れの音。
 「……ルッカと、輝?!」
 廊下から牢の中を覗いていたのは、間違いなくその2人組だった。

 「本当は来る気はなかったのよ」暗い牢屋の廊下を急ぎ足に進みながら、ルッカが言う。「たださ、輝が、『行かなきゃだめだ』って力説するから」
 「しゃーねぇだろ。そのまま放ってたらこいつ、しんじまう。……とっと」
 いきなり攻撃を仕掛けてきたアーマーガードをいとも容易く叩きのめしながら、輝が不満そうに言った。
 「でも、来て正解だったろ?」
 そう言ってにやっと不適な笑みを浮かべる輝に、クロノは、うん、と、元気良く相槌を打った。
 「けどさぁ、これで私達、立派な反逆者よねぇ〜……」
 ルッカが難しそうに呟く。
 「なんとかなるだろ。多分」
 「多分って……。あんたねぇ! 大変な事なのに、そんなに簡単な事じゃないのにさ」
 「ま、まあ、まあ」言い争いを始めた2人に、慌ててクロノがストップをかける。「ともかく、今はここから安全に脱出する事を考えようよ。でなきゃ始まらない」
 「分かってる、分かってるんだよ! ……だけどな!」
 輝が言い放つと、ルッカがすかさず叫んだ。
 「出口、どこ〜ッ!!」

 そんな調子でも、やがて3人はやっとの事でお城らしい大理石造りのどっしりとした壁のあるところへ辿り着いた。もっとも、へとへとだったが。
 戦闘の中に設けられた長い石階段を飛び降りて行くと、一体どこにいたのやら、ガルディア城騎士団の制服を身に纏った青年が、中年が、後ろの方からわんさかわんさか湧き出してきた。
 ともかく、走るしかない。さもなくば、再びつかまって留置場生きだ。今度は十中八九、有罪になるだろう。……3人そろって。
 「ああもうッ! 中世に行ってから良い目に遭ってないわ、あたしッ!」
 悲鳴に近い声で叫ぶルッカが、一番走るのが速い。
 「もとをたどれば、ルッカが転送機を造ったからに思うんだよなー?!」
 輝も必死である。その僅かばかり後ろで、隠れてクロノが溜息をついた。だが気持ちを振り払うように首を振って、2人に知らせる。
 「ともかくさ、もう少しで城門だから、早くここから逃げよう。逃げるしかない……」
 クロノのセリフが止まった。他人のセリフに、大きな声に、遮られたのだ。クロノたち、逃走中の3人のものではない。もっと高く、もっと深く、……もっと騎士団に有効な声。
 「おやめなさぁーいっ!」
 言うまでもなく、声の主は、ここガルディア王家の血を継ぐ者、マール、もとい、マールディア王女その人である。
 その声に驚いて立ち止まったのは騎士団だけではなかった。予想外の展開に、クロノ達3人も急制動をかける。追ってきていた騎士団の兵士達はマールに向かって膝まづいているため、つかまる心配はない。
 「その方は私がお世話になったのよ!」ようやく静まった騎士団に向かって、息を切らせながらもマールが言い募る。「客人としておもてなししなさいっ!」
 その場で一番地位が高いのはマールだった。王女に所詮雇われている身である騎士どもが言い返せるべくもなく、マールの登場で、その場はおさまったに見えた。
 だが、そうはいかない。

 「王女、そこまでですぞ!」 マールが駈け込んできた扉が再び開き、大臣の帽子がのぞく。続いて、大臣その人が出てくる。階段の中央に立ち、マールを押しのけ、大臣が声高く呼ばわった。「え―い、頭がたかぁーい! ガルディア33世の、おなぁ―りぃーっ!」
 その言葉の後に現れ出でたのは、国家の最高権力者たる、ガルディア王だった。マールがあからさまにぎょっとする。
 ゆっくり一歩を踏み出し、しっかりと立ち止まった王は、声低くマールの方を向き、彼女に言った。
 「一体これは何だ。お前は何をしたのだ。国のことも、これらの罪人も、お前には関係ないはず。どうして敢えて乱さんとするのだ。お前は一国の王女、王女には王女らしく振舞わなければならぬはずであるに、この事態をどう説明する、マールディアよ!」
 「おかしいもの!」言い返す方も負けてはいない。「クロノたちはなにも悪くはないわ。それに私が王女だから、普通の人とは付き合っちゃダメだってどういうこと? そんなの誰が決めたの。変よ、絶対変。だって、私は、一国の王女である前に、一人の女の子なのよ。女の子に友達がいちゃダメなの、父上!」
 「その相手に問題がある。教養の有る、……いや、せめて前科のない人間と付き合いなさい」
 「だから、前科って、何よ! 非難されるようなことはしていないわ! ……いいもん、いいもん! 父上が許してくれなくったって!」
 様子がおかしくなってきたマールに今度はクロノがぎょっとする番だった。思いきりよく城を飛び出した王女である、何をしでかすか、だいたいの想像はつくが、到底許しが出るとは思えない。
 「……許してくれなくったって、私構わない。……ここを出るから、城出するからっ!!」思いっきり叫び、父親にあっかんべーをして、マールはダダッと階段を駆け下り、クロノの腕を引っ張って城門の横の通用口から外に飛び出した。もちろん、輝とルッカもそれに続く。
 取り残された城の人々の間で、
 「何をしておる、はよう追うのじゃーっ!」
 叫ぶ大臣の声が木霊した。

 「森に入れ! 少しは姿を眩ませられる!」
 先を行くマールに、輝が叫ぶ。了解とばかりにマールが森の小道に走りこんだ。モンスターにさえ遭わなければ、楽に抜けられるはずである。
 「あ、千年際に行くとき使った抜け道には、モンスターがいなかったはずっ!」
 はっと思い出したマールは、東側に走りこんだ。そちらにも道は続いているが、モンスターは出ない。空き地があって、そこで行き止まりなのだが、そこから道こそないものの、町のほうへ抜けられるはずである。
 だいぶん遅れて、城から兵士達が走り出てくるのが見えた。しかし、今はそれに構っている時ではない。なのに、空き地まで行ったマールが立ち止まってしまっている。
 「おい、さっさと町に……」
 そう言いかけた輝の言葉を、ルッカが遮った。
 「……ゲート!」
 「うん、ゲートがあるんだよ」
 先に着いていたクロノが、肩を竦めるようなポーズを取った。
 「……入ろう!」
 きっと迷っていたのだろうが、マールが即座に言う。ええっ、と、ルッカが仰け反った。
 「……入ろうって……。どこの時代に繋がっているか分からないのよ! 今度は、かえって来れるかどうかも!!」
 「それでもいい!」マールが必死に言う。「私のために、クロノが捕まっちゃうこの時代よりは!」
 「俺は、マールのせいとは……!」
 驚いたクロノが言いかけたが、ゲートホルダーを操るルッカの耳には、そんな事は届いていなかった。
 「ああ、もう、どうにでもなれだわ! ……えーいっ!」
 再びゲートの入り口が開いたとき、星を巡る物語は細い糸となってつむがれ出したのである。
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