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8.時の最果て


8.時の最果て

 地平線まで、黒く弱く続く大地と呼ぶのも悩ましいもの。
 空には一つの明かりさえ、ない。
 そこに続く道も、そこから発する道も見当たらない。
 ぽつんと設けられた二つ三つの建物。材質は樹木のようなもの。ただ、板らしきものがはってあって、階段と扉が部屋をつないでいて、簡素な屋根がついている。
 それだけの、もの。
 そんな異様な空間に、5人は放り出された。いつの時代かなど、わかろうはずがない。判断するべきものが何もない。
 「なんだか、寂しいけど落ち着いたところだね」
 マールが不思議そうな顔をした。それにクロノも同調する。
 「うん。……時間の大河から一つ離れて、全てを冷静に、でも、ただ見守っているという、そんな感じがするよ、俺には。本当、そんな気がする」
 「意外と詩人ねぇ、クロノって」
 ふう、とすかさずルッカがいい放つ。
 「な、何だよ、それ……」
 「感性が鋭いってことだよねっ!」
 マールが言いながら、ポン、と、クロノの背中を叩いた。ついでにその細く白い腕をクロノの肩に回す。弾けるような女性陣2人の笑い声の中でクロノが眼を白黒させた。
 「トモカク、アチラノ方ニ アル 階段ヲ 降リテミマセンカ。コンナ建物ガアルトイウトコハ、誰カガ イルンジャナイカト 思イマスカラ。トリアエズ、ココカラ 皆サンノ時代デアル A.D.1000年ニ 帰ラレルノカドウカモ 気ニナリマス」
 「あ、そーだよね」
 マールがクロノの肩から腕を下ろした。それから、またも、ふふふ、と笑う。
 「仲がいいのは良いけどよ……」輝がその様子を見て頭を掻いた。「それで目的忘れんなよ、まったく」
 「だいじょーぶ、だいじょーぶ! もうっ」

 「ふむ、またお客さんかの」
 薄暗い路地裏を髣髴とさせる暗い電灯の下に、やはりさびれた老人といったふうの格好の、白い立派な髭が服の黒とちょうど反対になって際立つ、人の良さそうな老人が一人立っていた。目深に被った、これも黒い帽子のせいで鼻から上は見えないが、悪い印象は持たなかった。むしろ、とっつきやすそうだと4人の誰もが思った。
 ずかずかと輝が歩み寄り、単刀直入に尋ねる。
 「A.D.1000年にはどう行けばいい。一応自分が本来存在する時代に帰りたいんだが」  「ちょっとっ」ルッカが輝の袖を引く。「失礼でしょ、いきなりタメ口きくなんてっ。しかも相手はご年配の方よ、亀の甲より年の功って言葉もあるし、少しは礼儀ってものをわきまえてよね、恥ずかしい」
 それを聞いて、輝が肩をすくめる。
 「亀の甲は齢を重ねきた、生きた証みたいなもんじゃねえか、引き合いに出してやんなよ。侮辱してるみてぇだぜ。それこそ失礼じゃねえの?」
 「あんたねっ!」
 「まあ、まあ……」拳を振り上げたルッカと、いち早く防御体制を取った輝の間に、クロノが割って入る。「落ち着いて二人とも。今じゃなくても、現代に戻ってからだって、いや、ラヴォスをどうにかしてからでも遅くないだろ」
 「そん時にゃもう今の怒りなんか綺麗さっぱり忘れてるだろ、ルッカの事だしよ。3歩歩いたらそれまでのことはフォーマット。鳥と一緒だな」
 「なっ、……ちょっとっ!?」
 「ああ、もう……やめてってば、2人ともぉっ」
 なおも言い合う2人と、それを必死に宥めようとするクロノのそばで、老人が苦笑した。
 「どうもたてこんどるようじゃのう。質問の答えを知っておっても、それをお披露目するタイミングがなければどうにもならんな?」
 「えッ、じゃあ、現代への帰り方をご存知なのですか?」
 嬉しそうにマールが叫んだ。それと同時にクロノとともに輝とルッカの仲裁に入っていたロボもこちらに向き直る。
 「もちろんじゃよ。ここは時の最果て、全ての時代と繋がる、タイムゲートの発着場。今のところは3つの時代のみじゃが、また条件が揃えば別の時と場所とをリンクする柱が一つ、また一つと生まれ出でるじゃろうて。ともかく、A.D.1000年に繋がる柱はすぐそこにある」  「光の柱、ですね?」
 念を押すようにマールが言う。
 「うむ、あちらに3本立っておるうちのひとつがそうじゃよ。A.D.1000年に繋がるのは一番右のものじゃったかの。メディーナ村というところに行けるはずじゃ。ちなみに、あと2つはお前さん達の来たA.D.2300と、原始の時代、B.C.65,000,000年じゃ」  「えっと、一番右ですね。そこから現代へ戻られる……。すみません、ありがとうございます!」
 マールが元気良く礼を言い、ついでルッカと輝を落ち着かせるため体の向きを変えようとするのを見ながら、老人は微かに微笑みながら答えた。
 「何、礼など要らんよ。何しろ、わしは口喧嘩も止められぬ老いぼれじゃからの。おお、そうじゃ。もし良ければあちらの扉の向こうにも行ってみなさい、あなた方のやくにたつかどうかはちと保証しかねるが」
 「いろいろと、本当にありがとうございます。……あの、もし良ければお名前など」
 マールは真剣に訊ねたのだが、
 「浮世から離れ隠居した身じゃ。名乗るほどの名は持ち合わせておらんよ」
 老人は柔らかくそう答えたのみだった。

 老人から指定された扉を、クロノが開ける。木製の、普通の扉だったが、中の部屋は異様な空気に包まれていた。何か異臭がするわけではないが、なにか、匂いが違う。空気が違う。重さが違う。モンスターのもつ殺気とはまた違う、だが、大きな存在感で閉められていた。しかし、誰も見当たらない、何もない。
 「あれ……? 何もない、ただの空間じゃないのか」
 がっかりしたようにクロノが言った。……ところが。
 「何もない? ほんっとーにお前、そう思うか?」
 部屋の端の暗がりの中から、およそ似つかわしくないぐらい明るい声が響いてきた。
 「誰ッ?」
 マールが叫ぶと同時に身体を緊張させる。けれども、うきうきと弾むように現れたのは体長80cmぐらいで、ふわふわの白い毛を持った不可思議な生物だった。その生物は、何やらどこかの教授であるかのように、好奇の視線の中で語り始めた。
 「お前達人間の眼、本当は無い物まで見渡せる能力がある。でも大抵のヤツはそれを覚醒できないままその一生を終えてしまう。まったく宝の持ち腐れってヤツだよな。あ、うん。目に限らず、人間は様々な潜在能力を持っている。例えば、魔法。昔、魔法の国があった。でもその国,力に頼りすぎて、人間が魔法を操作すべきなのに魔法に人間が操作されたような状態になってしまって、結局滅びた。魔法は使い方によってわが身を滅ぼしかねない、諸刃の剣なんだな。それで、今では魔法の誘惑に耐えうる心の強さを持つものにだけこの技が、この俺から伝授されるってわけなんだな」
 「魔法って……あの、御伽噺とかに良く出てくる、なんでも出来る力のこと?」
 魔法に興味を示したらしいマールが訊ねる。
 「基本的に事故防衛と補助だが、用途によっちゃ何でも出来るといっても過言じゃない」
 「ね、ね、私達は出来る? 魔法っての使える?」
 その言葉の調子で、マールが次第に興奮してきているのが手に取るように分かった。いや、マールだけではない。ルッカも、クロノも、ロボも、それぞれわくわくしてきているのが自覚できた。
 「さっき言ったように、魔法ってのは全ての人間に備わった万人共通の能力であり、使えないはずはないな。もっとも、その原理の中にない原始の人々は使えない。そもそもの魔法の4大元素である、天、冥、水、火の確立が成されてない」
 「私達だったら大丈夫? 私達は、A.D.1000年なの」
 「ん。俺には誰がどの力を持ってるかわかるぞ。えっと、つんつん頭のお前は『天』。こっちの眼鏡のね―ちゃんは『火』で、ポニーテールのギャルは『水』。でも、このロボット、人間の血が流れてないから魔法は無理。ただ、お前の、レーザーとか言う武器、凄い殺傷能力。『冥』の力に似て無いこともない」
 「じゃあさ、じゃあさ」マールがどきどきしながら、輝を指差して訊ねた。「輝は?」
 「こいつ? ……こ……こいつ…??」まだまだルッカに言い足りない、といった表情で睨む輝をみすえて、驚いて飛び退る。「珍しい……ヤツ。全部の属性を持っているけど、それらが交じり合う事はない。ひとつひとつか独立していて、しかも完全に目覚めてる。それを使いこなす力量も見たところ十分だ。はあ、こりゃあ……初めて見た。こんなヤツもいるんだなあ」
 まじまじと見つめてくるチビの生物の視線を、うっとおしそうに輝が振り払う。実際こちらを注視してくる灰の掛かった緑の眼は人間の持つ輝きとはまったく違っていて、なれなかった。
 「どうでもいいが、俺等、早めに現代へ帰りてぇんだ。俺は、お前ならほんの一瞬で魔法の能力を開花させる事も可能だとふんだんだが」
 「力? 覚醒? どーして俺が」
 「あ、できねーんだ。ならやっぱお前、俺が聞いた戦いの神とやらじゃねえんだな。何だ、期待して損したぜ。ここには最強の神であるスペッキオがいると何がしかの文献で読んだんだが、それもガセネタだった……うおっ?!」
 輝はセリフ中途で慌てて飛んできた炎を避けた。
 「俺こそがスペッキオ、戦いの神、最強!」
 「ウソつけ。もし本当にそうなら、さっきも言ったが、人間の2人や3人、力を呼び覚ます事だってさらっとやっちまうはずだろうに。何故今まで何もせずいたんだ?」
 連発される炎の弾丸をいとも容易く避けながら輝がなおも追い討ちをかける。
 「俺……戦いの神、スペッキオ。それぐらい、朝飯前!」
 たまりかねて、謎の生物、もとい戦いの神スペッキオがそう叫んだとき、クロノ達の魔法使用許可が下りたと言えなくもなかった。
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