/ トップ
/ イラスト
/ PSO
/ ブログ
/ Pixiv
/ リンク
/ 文
/
旅立ち! 夢見る千年祭
1.旅立ち! 夢見る千年祭
ガルディア王国の興りは、定かではない。あまりにも中世以前の歴史的資料が少なすぎるからだ。人々が口承で伝える様々な物語に、その片鱗が見えるだけだと言う。
だが、それさえも、せいぜい紀元前20年ほどからであった。現存の物語で一番古いものは、推定B.C.15年にガルディア城の雛型が今の場所に出来たときの、それである。これはガルディアの歴史を書きとめようとした折、始めに設けるにふさわしいものだと思われたからだろう。それゆえ、真偽の程は確かではない。
それでも、今の今までガルディア王国が続いてきた事は確かである。…そう、1000年もの間――……。
千年祭が始まる。
華やかなその出だしを飾ったのは、真っ青の空に勢いよく上がった、数発の花火だった。午前8:30の事である。次いで、色とりどりの風船が花火に遅れじと空に吸い込まれてゆく。
木々が青々と茂ったばかりの、初夏の日の事だった。
… …と。
「クロノッ!」
こんな日には、およそ似つかない声色で、誰かが叫んだ。
「…クロノぉっ!!」
しなやかな、だが健康そうな濃い肌色の、細い腕が掛け布団の横っちょを掴み、……一気に投げ捨てた。毛布のなくなったベッドの上に、ジャリバードの真っ白い羽を詰め込んだ枕と、紅い髪を持った少年が残った。
急に保温するものがなくなって寒くなったのだろうか、彼の…クロノの手が、ビクンッ、と、動く。だが、起きあがる気配はない。
ジナの足元から、もわもわと、怒気が噴出してきた。そして…もう一度叫んだ。
「起きなさい! ……さもないとッ」
ジナの手が、わきに置いてあったバケツの柄を、がしっと鷲掴みにした。
尋常じゃない空気に、クロノが眠たそうに片目を開け、母親の手に握られているものを見て仰天する。
「わ……わあぁ?!」
「やっと起きたわね」
ベッドの上で受身の態勢をとったクロノを見て、ジナは満足そうに頷いた。
「遅くまで遊んでるから、こんな大事な日に寝坊するのよ! …さっさと着替えて、降りてくるの。分ったねっ!」
バケツの水を花にささっと掛け、ジナはそう言い残して階下へ降りて行った。
「……はーい」
否応も無い。口調もそうだが、毛布まで洗濯をするためだろうか、持っていかれてしまったのだから。
「……千年祭、だよなぁ」今日から行われる祭典の名を、確認するかのように呟く。「何か……すっごい良い時に俺、産まれたよーな気がするよ」
それからエイヤッとばかりにベッドから飛び降り、椅子に掛けてあった自分の服を取り上げた。
手早く着替えを住ませたクロノが軽い足取りで下へと降りて行くと、飼い猫が何匹か擦り寄ってきた。クロノが撫でてやるのだが、何しろ5匹ほど飼っているものだから、あとからあとから懐いてきてきりが無い。クロノは先に朝食を摂ることにした。
「そこの棚の中に200G入ってるからね」ジナが洗い物をしながら話しかけてくる。「それで千年祭で売ってるものを何か買ってルッカに持っていってあげなさい。朝早くから準備してるだろうから」
「うん」
そう言いながらも、クロノはあまりそんな事をする気にはなれなかった。
ルッカと言うのは、近所に住む女の子で、毎日毎日父親と共に機械ばかり弄っている子だ。彼女の母親は昔事故で足が不自由になったらしく、よくジナはルッカの家まで、クロノを連れて手伝いに行っていた。だから、ルッカとはよく遊んだし、今でも気軽に話す。俗に、こういうのを幼馴染みというのだろう。
とはいえ、いつ見ても機械の前にいるもんだから、少しばかり気味が悪いのも事実だった。だから、母親が差し入れを持っていけ、というのに、素直に返事が出来なかったのだ。しかもこの千年祭のために彼女と、父親のタバンは、新作を用意しているという。見たいのは山々なのだが、3ヶ月ほど前に作ったものは、スイッチを入れた途端に爆発した。今度もかも、と思うと、どうも制御が掛かってしまう。
だが、玄関に立ったときには、しっかり200Gを持たされていた。
「……じゃー、行って来るね」
半ば諦めたような声で片付けをしている母親に言い、クロノは扉を開けた。そこから1歩前に踏み出し、慣れた玄関先の階段を下り始めたとき、誰かにぶつかりそうになった。
その『誰か』は、クロノが謝る前に謝ってきた。
「わ、すまねぇッ。大丈夫か? 人ン家探してたもんだから……」言い訳がましく言ってから、あれ、と、クロノをじっと見た。「まさかクロノか? あ、ここお前ン家? わ、ラッキぃー」
何が何だか全くわからないクロノは、ただ、
「あ、えと……確かに俺はクロノだけど……」
と、だけ返した。だが、それだけで良かったらしい。相手は満足げに言った。
「やっぱり? 俺さ、お前と千年祭に行こうと思って探してたんだ。マジ良かったぜ、すぐ見つかって。あ、俺、輝ってんだ。よろしくなっ」
「え? あ、うん……」
勝手な展開にクロノは、何故自分の名前を知っているんだろう、と、考える暇も無かった。何しろセリフが終わった次の瞬間には、自分の腕を引っ張って、リーネ広場へ向かっているのだから。
「……???」
つられてリーネ広場に向かいながら、クロノは何度も首をひねった。
リーネ広場の入り口にはおどけた化粧を施した道化が立っていて、来る人毎に歓迎の言葉を吐いていた。かなり濃い化粧だったが、クロノはすぐ、隣に住むベレッグおじさんだと見破った。だが、あえて言わずにおいた。
話を聴いて廻ったところ、どうやらルッカは広場の一番奥で自分の出し物を展示するつもりらしい。だが、まだしばらく時間が掛かりそうだ、とのことだった。
「時間が有るなら……」
そう言って、クロノは情けなさそうにポケットの中の200Gを探った。
「あそこの駄菓子屋で何か買って持っていこうか……」
広場の奥に続く通路には、人が立っていて、まだ準備中だと人々に知らせているのだが、そのわきに駄菓子をたくさん並べた店を出している人を見て、そう言ったのだった。
ふう、と、上を見上げると、リーネ広場のシンボルであるリーネの鐘がちょうど視界に入ってきた。今日の為に、特に丹念に磨かれたのだろう。今から400年ばかり前に作られたその鐘は、眩しいばかりの光沢を放っている。
そのきれいさに、思わず見とれていると、わきから輝の声が割りこんできた。
「誰に菓子を買うんだ? カノジョかぁ?」
「ちょっ……。違うよっ! ただ、母さんに言われたから……」
輝の言葉にむっとして、少し赤くなって、クロノは輝のほうを向いた。そのとき。
「キャッ!」
「わっ?!」
クロノの背中に、誰かがぶつかってきた。反動でクロノも相手も逆方向に弾き飛ばされた。
「いつつつ……」
赤レンガの道にしたたかに腹をぶつけたクロノが倒れたままうめく。だが跳ね飛ばした当人はさっと置きあがって、クロノのほうに駆け寄り、
「ごめんなさい! 大丈夫?」
と尋ねてきた。その高いが重みの有る声に、クロノがこちらの顔を覗きこんでいる相手に焦点を合わせる。途端、クロノは驚きのあまり、もう一度地面に倒れこみそうになった。
彼女は流れるような金髪を頭のてっぺん近くでおおざっぱに括り、夏の海のような色を持つ虹彩を心配そうに窄めながら、こちらを直視していた。白いが全く弱さの無い肌と、極めつけは形の良い胸部。今まで見た誰よりも、彼女は可愛く、かつお転婆そうだった。
「うわ、わッ……」
今度は、はっきりクロノの表情に赤みがさした。
「……結構ウブなんだな、クロノって」
もちろん、わきで流れたこんな言葉など、クロノの耳には入っていない。
「いやっ、その……俺も、あんまり周りを見ていなかったからッ……。だから……」
少女はそんなクロノの様子を見て、くすっと笑ったが、直後にはっとして胸を探りポケットを探り首を探り…地面を探る。やっと置きあがったクロノが訊いた。
「どうかした?」
少女は地面から目線を放し、クロノをまっすぐ見て呟いた。
「ペンダント……落としちゃったぁ……」
「ペンダント?」
クロノが訊き返すと、少女は、うん、と返した。
「大切なの……ハート型の奴なんだけどっ。あぁぁどうしようぅぅ!」
尋常でない様子に、クロノも辺りを探り始める。少し2人の様子を眺めていた輝は、やがて、リーネの鐘の向こう側へ歩いて行った。それから、こともなげに一つのペンダントを拾い上げた。
「これの事か?」
輝の言葉を聞いて、女の子がはっと顔を上げ、それから輝の傍に走り寄り、その手に引っ掛けられた翡翠色のペンダントをまじまじと見つめ、叫んだ。
「あったぁ――ッ!!」
「結構古そうな物だな。希少価値あるかな? 売ったらいくらだろ」
手を叩いて喜ぶ彼女を尻目に、輝が呟く。途端、少女はバッと輝の手からペンダントを奪い取り、大事そうに胸に抱え込んでおいて、鮮やかな青の眸で睨み付けてきた。
「バカ言わないで。これ、とぉ―っても大事なんだからねっ!」
「だったらきちんと首にかけとけよな……。おい、クロノ。さっさと差し入れ持ってルッカのところ行こうぜ。見ろよ、道が通じてる」
「え? あ、ほんとだ」
まだぼうっとしていたクロノが、輝に言われて奥へ通じる道の方を見やる。それを見た少女は、いたずらっぽそうに眸を輝かせた。視線の先はクロノである。
「ね、あなた、この街……トルースの人?」
「う、うん」
まだ顔の赤みが引いていないクロノは、幾分どもりつつ答えた。相手の真意がはかれない。
「ちょうど良かったぁ。私、ここって初めてでさ。よく知っている人探してたんだぁ。ね、もし良かったら一緒に見て回らない?」
急な女性の誘いに、またもやクロノの顔に火がつく。これは答えられないな、と感じた輝が横からO.K.を(かってに)出した。同年代の女の子と一緒に歩くことにクロノが反対意見を述べるはずはあるまい、というのが輝の意見である。
「それはいいけどよ、名前は?」
輝が尋ねると、少女はあっ、と、言って答えた。
「そーだ、まだ言ってなかったっけ。えと……その……まー……。あ、マール! マールよ」
「自分の名前が出るまでの間は一体……」
輝の皮肉は無視されてしまった。その横で、やっと落ち着いてきたのか、クロノが名乗る。次いで輝も自分の名を述べた。
「うんと、クロノとー……輝? ね。よしっ、覚えたよ。んじゃ行こーっ、レッツゴぉ―ッ!」
一人で盛り上がって先に走っていってしまったマールを、二人は慌てて追った。その直後、はたとマールが立ち止まる。おかげで再びクロノと激突したが、彼女自身は全く気にする様子も無い。
「いたた……。どうしたの?」
顔を抑えていた手を放し、前を見るが既にマールは居ない。どこに行ったかと思うと、わき道にそれて、例の駄菓子屋で飴を検分していた。
「……なんだか……すっごい子だな」
クロノが率直な意見を述べる。輝はふう、と溜息をついたが、そういや、とクロノのほうを見ていった。
「お前、なんか買っていくんじゃなかったのか?」
「えっ、……あ―ッ!」
やっと思い出したらしいクロノは、ルッカへの差し入れを、マールの横で探し始めた。
「……」
再び、輝は、今度は心の中で、溜息をついた。
「さーさ、よってらっしゃい、見てらっしゃい! 世紀の大発明だよっ!」
奥の小広場に日1歩足を踏み入れた途端、威勢のいい男性の声が飛んできた。マールがその声の大きさに驚き、びくッとしてから、クロノに尋ねた。
「ね……誰?」
「あ―、あれは、ルッカのお父さんで、タバンって言うんだ。発明好きで呑気な……」
説明するクロノの背後に殺気。クロノがギョッとして振り向き、冷や汗をを流しながら挨拶した。
「や、やぁ、ルッカ……」
その後ろに突如として現れ出でた少女こそ、今朝母親との会話で登場した、ルッカその人だった。母親譲りの、クセのない紫の髪が風も無いのにわずかに揺れる。
「ウチのお父さん、呑気で悪かったわねぇぇぇ」
怒りにわななく声で言いながら、拳を振り上げたルッカは、だが、近くにいる見なれぬ2人を認めて、拳を下げた。
「あらクロノってば……」そのうち、輝には眼もくれず、マールだけをまじまじと見つめる。「いつの間にこんなにカワイイ子を口説いたのよ、あんたも油断できないわねぇ」
「ちっ……違うよっ! なんで俺が口説かなきゃなんないのさっ?!」
クロノが顔を真っ赤にして怒ったが、その赤さは怒りだけではあるまい。
「……それよりも」いいかげんテンポの悪さに飽きてきたのか、輝が腕組をしながら言う。「この眼の前にある、怪しげな機械って何なのか…それを俺等素人にもわかる語句を使って説明してもらいたいもんだね」
「え、あ、そっか。世紀の大発明だもんね、ちゃんと売りこんどかなきゃ!」
ルッカはこほん、と咳払いを一つすると、説明し出した。
「これはいわゆる転送機と呼ばれるもので、いつでもどこにでも、ポッドさえあれば人や物を送れるという機械よ。こっちのポッドとあっちのポッドの横についている操作盤から強い電磁波を相手のポッドに送り合い、その力で空間を捻じ曲げて、あっちとこっちをつなぐ、まあ、トンネルみたいなものを作り出すの。そこまでいったらあとは簡単。その、送る『もの』をそのトンネルの中に放りこめば良いわけ。トンネルに入っているのは一瞬だから、多分、本人は何が起こったかわからないだろうけど」
「……だいたい分ったが……」輝が首をひねった。「どうやって離れた場所に居る相手と息を合わせて機械を動かすんだ」
「あのねっ、今はじゅーぶん情報機器が発達してるんだから、無線でも携帯電話でもなんでも使えば良いじゃない。今ある条件を活用するのも発明のうちなんだから……。あ、そうだっ!」
不意にルッカはポン、と手を叩いた。それから、その手でまっすぐクロノを指す。
「クロノ、あんたやってよ!」
「えつ!!」
クロノが後ずさった。その眸には、明らかに怯えが浮かんでいる。だが、当のルッカがそんな事を気にするはずがない。彼女は今、自分が作り上げた発明品を他人で試したくてうずうずしているのだから。
「だあれも挑戦してくれないんだもん、ねっ。それに……幼馴染みでしょ?」
最後の一言には、巧みに殺気が編み込まれている。ずっと付き合いのあるクロノでなければ、気付かぬほど、巧みに。
「えっと、その……あのぉ……」
それでもまだ覚悟を決めかねていると、不意に横からマールの声が割って入った。
「おもしろそうね、私がやっていい?」
クロノの表情が凍りついた。しかし、反対にルッカは嬉しそうだ。
「本当?! わぁ、ありがとう!」
「うん。ね、どうすればいいの?」
「えっとね、左のポッドに乗ればいいの」
女性2人の会話が進んで行く。クロノは混乱しているのか、もともと櫛を入れたこともない髪をかきむしった。
「ああっと、その……マールっ……。やめといた方がッ……」
やっとの事でクロノがそのセリフを搾り出したが、もっと意欲があり、もっと高く、もっとあたりに通るルッカの声で掻き消された。
「エネルギー充填開始!」
「あああああああっ!」
1歩送れてクロノが叫んだ。
……と。
スイッチが入ったとほとんど同時に、マールの胸…いや、彼女のペンダントが薄い黄色の光を発し始めた。
「何……? これ……?」
いぶかしんだマールがペンダントを外したときだった。両方の転送機に青い稲妻が走り、ルッカとタバンがそれに跳ね飛ばされた。そのすぐ後、2つのポッドの、ちょうど真ん中に、闇が口をあけた! 驚くべき事はそれだけではない。あれよと見る間に、マールがその中に吸い込まれてしまったのだ。そのすぐ後、再び黒き扉は空に消え、元あった姿に戻った。
「何じゃ、出てこんぞ」
「どーせ変なところに飛んだんだ、いこーぜ」
一瞬水を売ったように静まり返っていた人々が、口々に言葉を発しつつ、肩をつつきあって去って行く。後に残された4人は呆然としていたが、やがてはっとしたようにタバンが叫んだ。
「オイ、ルッカ出てこね―ぞ?!」
言われたルッカも、何がなんだか全くわからない。
「知らないわよ! ……じゃ済まされないのよね……! ああ、もう! 何でなのかしら! あの機械は完璧だった……完璧なはず! 一体どうして、あんな変な消え方になったんだろう……。だいたい、あんなに強い波が転送機から発せられるはずが……」
ルッカが横から設計図を引っ張り出してくる。それを見ていたクロノは、なにもしていないのはきまりが悪く、あたりを何をするともなく歩き回っていたが、左っ側のポッドの上に、なにか太陽の光を受けて、燦然と光っているものを見つけ、歩み寄った。
「……マールの、ペンダント……?」
拾い上げてよく見ようとすると。
「お! 流石クロノ! 後を追うってのか!?」
待ってましたとばかりにタバンが言った。目をまん丸にさせて、良くぞ気付いたとクロノに言いそうな勢いだったが、動揺さえしていなければ、それが演技だということに気付かない人はいなかったろう。
「え? え?」
戸惑うクロノを尻目に、輝が叫ぶ。
「あったりまえだよな、なんたってマールを連れてきたのは俺達だぜ、彼女を追わないでど―するんだ? まー……そこの親父さんは、なぜかマールを追うという一つの解決方法に気付いていながら、この方法を提案しなかったのが気になるが」
「あ―それもそうかもなぁ―! ……それより! 今は一刻も早く彼女の居場所を突き止めるのが先決だと思うんだよな―、オジさんはっ!」
「そーよね!」恐らく、ルッカはタバンの最後の文しか聞いていなかったのだろう。怒る気配は全くない。「あの闇の先に何があるのか分らないけど……。……原因を突き止めたら私も行くわ! 頼んだわよ!」
「……これは本当に行かなきゃだめなのか……」
泣きそうな顔をするクロノを全く気にせず、ルッカが転送機にスイッチを入れる。
「エネルギー充填開始!!」
←前章