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おもいで。


 白色、赤色、青色、緑色、……。ヴィジュアルロビーの色彩は、居る者に関わらず華やかだ。たとえ誰もおらなんでも、ただひたすらに燦然と輝き続ける。
 だだっ広い空間も、一人転がるサッカーボールも、動かず、動かされず、ひたすらそこに在った。誰かに触れられることや引っ掻き回されることを待つことすらも忘れてしまったというのか、それらの様子はちらちら瞬く光とともに、ロビーの侘しさを募らせるばかり。
元来多くの人々で賑わっているべきこの場所は、永らくこういった調子であった。用意された遊戯施設で走り回るようなハンターズは、とうの昔に姿を消してしまったのだ。備えているべき明るさ、楽しさは、何処かへ置き忘れてきてしまっていて、余計にハンターズは訪れなくなっていた。
 けれども、そんなロビーを好む風変わりなハンターズも居ないでもなかった。
 二隅に置かれたカウンターの、西側、近くの壁伝い。端から数えて4番目の区切り。そこが彼の定位置だった。空色のフォトンチェアにゆったりもたれて、手にした煙草を静かにふかす。流れた煙はふわりと浮いて、どこへともなく空へと消えた。
 ハンターズの仕事は殆どが激務。その間に設けるのんびりとした時間は、まったく非生産的ではあれども、彼にとっては欠かすべからざる、とても有益なものであった。
 漆黒の前髪の合間から、ちらりと覗く同じく漆黒の瞳は、何かを見るでもなくぼんやりとしており、つい先程まで命を賭して制御塔を走り抜けた一人のハンターとは全くの別人の様だった。煙草の灰がさらりと落ちる。
 不意に<BEE>システムが電子音を発した。とたんに彼の瞳に火が宿る。慣れた手つきでシステムにアクセスし、新着メールを確認する。
 『メギドがあああああ』
 たった一行、短いメールを、ゼロコンマ一秒で読破して、彼はがっくり肩を落とした。次いで右手で額を支える。その表情にはかなりはっきりと、呆れと苦笑とが表れ出ていた。
 ちびた煙草を処理した彼は、転送準備を行うために大股でカウンターに歩み寄っていった。

 中央管理区高山エリアは、急峻な山道と傾斜のある原野で構成される然程広くない地域である。しかし棲み付いたテクニックを操る原生生物と、突然変異を遂げた植物とが道行くハンターズの行く手を遮り、その数も半端な物ではない為、安全装置のロック解除をしようにも迂闊に近づけない場所と成っていた。経験浅い者が足を踏み入れようものなら雷や即死技の洗礼を受けることも珍しい事ではなかった。幾人かの組で行くならまだ光明もあるが、単身で乗り込もうとすれば、……言わずもがな。ある程度ラグオルになれたハンターズであれば、誰もがこういった認識を共有していた。
 それにも関わらず、岩の陰からただ一人でエネミーを覗き見る小さな影があった。風に揺られる長い裾は、彼女がヒューマンのフォースであることをはっきりと示している。ハンターズの証であるIDがなければただの少女と間違えられてもおかしくないほどの幼さであった。青い瞳をしきりに動かし、エネミーの動きを確かめる。手に握るはスケープドール。進むタイミングを計りかね、眺めているだけの時間は確実に過ぎて行き、そろそろ補助魔法も切れる頃合。そうなれば進むのが更に困難になることくらいは、彼女にもしっかりと判っていた。それでも進む勇気がなかなか沸いては来なかった。
 どうしよう、進もうか、戻ろうか。でも退路には赤いエネミーが待ち構えていた気がするし……。
 「にゅ〜……やっぱヒトリで来なきゃよかったよぉお……」
 憶えず弱音が口から零れる。
 直後、背後に強い殺気を感じで反射的に振り向いた。
 近くにエネミーがいる。いつの間に。
 焦りと恐れが頭を巡る。視線をめぐらせ、あたりの様子をうかがう。
 しかし、いくら待てでも、どこを見れども、何も動かず何も見えない。殺気ももう感じない。
 「……なん、だろ」
 確かにさっきはエネミーが、自分に近づいてくることを感じた。なのに気配は一瞬で消え、エネミーの姿はどこにもない。どういう事だろう。得体の知れない何かに狙われているのか。ガル・ダ・バルは未開の地だし、そんなことがあってもおかしくはない。
 手持ちのレーダーには何も映らない。
 考えがまとまらず、自分の想像の外にあるものを感じ、彼女は困惑した顔で俯いた。
 「うわぁん、恐いよぉ……」
 頭を抱えて縮こまる。その脳裏に浮かぶのは、優しくも儚い視線を注ぐ一人のハンターズ。想像上の人物は彼女に手を差し伸べるが、所詮は幻影、実在はしない。
 「ひぃん、ミカゲぇ……」
 あまりに寂しくなってしまって名前を呟いたとき。
 「ん? 呼んだか?」
 彼女は弾けるように顔を上げた。高く編んだおさげが背中を叩いたが、そんなことはもう気にならなかった。
 今まさに想像の内にあった男性は、確かに目の前に立っていた。きっと道中のエネミー処理に使ったのだろう、右手には一振りの刀が握られていた。先程不可解な反応を示し一瞬だけ殺気を放ったたエネミーも、彼が屠った幾多の敵の一匹に違いなかった。
 周りをすばやく確認し、先ほど倒したエネミーで最後だと確り認識してからおもむろに武器をしまう。
 「立てるか、蒼夷、……うぉっ」
 差し伸べられた手にも構わず、いきなり飛びつく。御陰は多少バランスを崩したが、そこはやはり一人のハンター。しっかりと小さなフォースを受け止める。
 「ふええええん、こわかったよぉおお」
 安心しきって脱力した身体から、すうと補助魔法が消えていく。
 「君も立派なフォースだろう、進めないことは無いはずだが」
 「だってメギドが、メギドがぁあ……」
 「それはメールで見た」
 それから口の中で即死耐性が無い訳でも避けられない訳でもないだろうに、と、付け加える。年齢こそ低いが蒼夷が決して実力の無いハンターズではないことを御陰は良く知っていた。何度も同志として同じ場所で戦ってきたのだから。
 「大体此処がこういう地域だと判っていたのだろう? 何故独りで来ようと思ったんだ」
 「ん」
 顔をつと上げ、腕を持ち上げる。指先で示すは岸壁の向こう。指を辿ってその方向を見て、御陰は怪訝そうな顔をした。特に何も無いのである。
 「あっち、あっち」
 そんな様子を相手を認め、腕を上下に揺らすことで強調を図る蒼夷の努力も、どうやら彼には届かない様。
 「んもぅ」
 軽く膨れて肩から飛び降り、崖に向かって走り寄る蒼夷に、御陰はいぶかしみつつ付き合った。
 一方の蒼夷は崖の手前で止まり、再び腕全体で指し示した。
 「これ、みにきたの」
 「……」
 どうも相手の真意が汲み取れず晴れなかったミカゲの顔が、合点してはっと開かれる。
 「海、か」
 「うんっ」
 蒼夷は夕暮れの紅に染まったガル・ダ・バルの海を観賞しに来たのだった。その道中エネミーにたいそう悩まされ、困り果てた彼女は私的にも公的にも付き合いの深い御陰にメールを送ったのである。
 「ほんのちょっとしかみれないの。すごくスキなの。いっぱいたたかっていっぱい疲れても、ココにくるとぜんぶわすれるの」
 「なるほど」
 それに自分は付き合わされたわけか、と少し苦笑いする。だが、夕陽に照らされて紅く染まった蒼夷の姿と、同じように紅い海とを見比べていると、そんな些細な事はどうでも良くなっていった。崖下から吹き上げてくる爽やかな海の風が心地良かった。
 「オシゴトして、ココが安全だってわかって、パイオニア2のみんなもこの海がみれるようになったらいいね」
 「そうだな」
 微笑む彼女の表情に歳不相応の不安を見出しつつも御陰は応えた。蒼夷のそれはハンターズの顔であった。
 一人のフォースとそれを眺める一人のハンターを飲み込みながら、ラグオルの太陽は落ちてゆく。

 ヴィジュアルロビーの左片隅、壁の区切りは4番目。
 「この『定位置』も落ち着くが……」
 <BEE>システムに映し出された短いシンプルメールを眺めつつ、フォトンチェアに持たれかけて御陰は一人ごちた。
 「まぁ、高山エリアでも良いだろうさ」
 弾みをつけてチェアから立ち上がり、カウンターに向かって歩み寄る。
 今日もまた夕陽が見られるだろう。いつものフォマールも横に添えて。

 【END】