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緑溢るる豊饒の大地


 細く、しかしがっちりした白い指が青く染めた皮の手袋をひょいと取り上げ、もう片方の手にはめる。もう一方も同じように身に着けてから、今度は脇に立てかけてあった金色の柄を持つすらりとした両刃剣を取り上げ、慣れた手つきで腰に結わえる。きちんととまっているかを確かめてから、最後に手袋と同じ青さを持つ誇りよけのフードを右手が拾い上げた。ゆっくり、しっかり、かぶってから、扉に向かって一歩進んだ。
 「テリー!」
 呼ばれて、今まさに外に出ようとしていたテリーが姉のほうを振り向いた。ミレーユは、右手にお玉を、左手になべのふたを持ったまま、部屋の奥、台所へ続く戸口からテリーを見ていた。その眼には、あまりにも早い出立への驚きと、望まれた情報を提供できなかったことへのバツの悪さ、そしていつ出会うことのできるとも知れぬ捜し人を求め続ける弟への多少の哀れみが踊っていた。
 「一晩泊めてもらった」
 上半身だけをひねるという不自然な格好のまま、テリーはいった。
 「新しく見つかったスポットの情報を教えてもらった。どこにいるか、何をしているのか。そんな占いもしてもらったな」
 「でも、いい占いの結果は出なかったわ」
 「十分さ。……また来る」
 テリーは肩の位置を元に戻し、一気に木製のドアを押し開けた。外に出て、振り返らず、ドアをばたんと閉める。
 「……」
 取り残された形になったミレーユは、肩で息をついた。
 「気の早い弟だねぇ、ミレーユ」
 肩越しに入ってきたのんびりとした調子のグランマーズの声に、ミレーユは、ふう、と、ため息をついた。
 「モンスターのボスのいない今、なんだかんだで実力のある暇にあかせて強いモンスターを倒して回ってるテリーが心配なわけじゃないけど」
 ゆっくりかまどに戻り、おなべのふたをかぶせる。
 「バーバラが……見つかる可能性の低さが。またしっかり見える状態で会える、たったそれだけのことが起こる確率が。たとえそれがあの子だけだったとしても。どうしようもなく歯がゆいの。自分の力のなさもそう。もう3回もやってるのに、何のいいこともない」
 「ミレーユ」
 グランマーズはすっと椅子をおり、背伸びをしてミレーユの肩に手を回した。にっこりわらう。
 「あたしら夢占い師はこちらの世界と、バーバラのいるあちらの世界の両方を眺めることのできる恵まれた立場の人間じゃが、あちらが見せようとしない限りあちらは見ることができないんじゃ。それはそういう取り決めなんじゃよ。今、バーバラはバーバラなりに何か努力しとるはずじゃ。胸張って愛しい人に会えるように。次に二人がつながるとき、めいっぱいその成長を見せるために。水晶球にバーバラが映らんのは、ミレーユのためじゃない。逆にそれは、これからの吉兆だと、そうは思わんか? ん?」
 「そうね、そうだったら、ほんとう、いいわね」
 ミレーユはすとん、と、椅子に座り、ぷつぷつと小さな音を立て始めた鍋を見つめた。
 「でも、やっぱり、好きな人の姿を見ることさえできないあの子が、とてもかわいそうで、水晶球にバーバラを映してやれない自分が、とてもじれったいのよ……」

 「このあたりか……」
 ざっと革の靴が土の塊を踏み潰した。小さな虫が脇の土壁を急ぎ走り上っていく音があまり広くない洞穴の中に小さく響いた。ずっと後ろにあるはずの出入り口は、曲がりくねった道の左記にあるためか、その姿を認めることはできなかった。明かりといえば右手に持つ短い松明のみ。しかし、その火はしっかりついている。そこまで大きい洞穴ではなかった。
 テリーが眼を顰めた。前方からずるずると耳障りな音を立てながら、さっきをまとって近づいてくる生物を認めたからだった。
 「きたか」
 にやりと口の端を持ち上げ、松明を左手にも誓え、右手は愛用の雷鳴の剣を握り締めた。このあたりの人間をたびたび襲うという魔物とやらはどんな種類のどんなランクのやつで、実力は自分と比べてどうなのか。そしてさらに、自分の求める情報を握っているやつなのか。期待に胸が高鳴った。
 『二……人間……何の用ダ? ノコノこと俺に金を奪われニヤッテ来たか!』
 松明の明かりに照らされて姿を現した敵を見て、テリーは大きくため息をついた。もじゃもじゃの緑の髪、半分腐って解けている顔、いかにも魔物ですというような紫の肌、……。どれもこれも、テリーにとっては陳腐で面白みのなさそうな相手に見えたのだった。
 「ふん、強い弱いはまぁ許す。おいお前、消える出入り口を知らないか? くぐると違う世界にいけるという代物だが。そういうのを知っていそうな魔物でもいい」
 『キキきき消える、出入り口? 何だソれは』
 「知らないか。ならば死ね」
 『ぬお、なめるな! 人間ゴトきに俺、俺が……』
 敵が言い終わる前に、テリーの白金の軌跡が相手を真っ二つに切り裂いた。ちん、と、音を立てて剣を鞘に収める。
 「やはり魔物でも夢の世界へ続く道は判らないのか……いや、人間とは違う情報のネットワークは必ずあるはずだ。それを知る魔物と会うまで。……あいつとまた会うまで。あきらめられない……」

 目的へ進む剣士の探索の旅は続く。